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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)2292号 判決 1999年6月21日

大阪府守口市馬場町三丁目一番十八号

原告

藤川泰久

右訴訟代理人弁護士

福居和廣

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表法務大臣

陣内考雄

右指定代理人

岩松浩之

太田義弘

山本弘

出口源太

豊田周司

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

1  被告は、原告に対し、金五八四万四七五〇円及びこれに対する平成四年四月一七日から支払済みに至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、金三二七万三六〇〇円及びこれに対する平成六年四月一九日から支払済みに至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、金三二七万三六〇〇円及びこれに対する平成六年四月一九日から支払済みに至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、昭和六三年度、平成三年度及び同五年度の三回にわたって別紙物件目録記載の各土地(以下右各土地をまとめて「本件各土地」といい、個別の土地を指すときは「本件土地一」「本件土地二」などという。)を公共事業施行者に対して順次売却したところ、平成三年度及び同五年度に売却された土地の譲渡所得について、租税特別措置法(以下「法」という。)三三条の4第三項二号により同条一項の定める特別控除(以下「本件特別控除」という。)の適用を受けることができなかったことから、かかる法三三条の4第三項二号の解釈及びその合理性が争点となった事案である。

1  主位的請求

原告による本件核土地の売却は、法三三条の4第三項二号にいう「一の公共事業」のための買収として行われたものではなく、また仮に「一の公共事業」のための買収として行われたものであるとすれば、法三三条の4第三項二号は違憲無効であり、原告は、前記平成三年度及び同五年度に売却された土地の譲渡所得について、本件特別控除の適用を受けることができたにもかかわらず、所轄税務署職員の誤った指導により本件特別控除の適用はないものと誤信したため、両年度における所得税の確定申告に際し、本件特別控除の適用を申請しなかったとして、原告が、被告に対し、明白かつ重大な錯誤による所得税の過払いが生じたことを理由に不当利得の返還を求めたものである。

2  予備的請求

原告による昭和六三年度の土地の売却と平成五年度の土地の売却は、法三三条の4第三項二号にいう「一の公共事業」のための買収として行われたものではなく、また仮に「一の公共事業」のための買収として行われたものであるとすれば、法三三条の4第三項二号は、複数の資産を複数年度にわたって譲渡した場合に五〇〇〇万円の限度で通算して複数年度において本件特別控除を適用することができないとしている限りにおいて一部違憲無効であり、原告は、平成五年度に売却された土地の譲渡所得について、本件特別控除の適用を受けることができたにもかかわらず、所轄税務署職員の誤った指導により本件特別控除の適用はないものと誤信したため、平成五年度における所得税の確定申告に際し、本件特別控除の適用を申請しなかったとして、原告が、被告に対し、明白かつ重大な錯誤により所得税の過払いが生じたことを理由に不当利得の返還を求めたものである。

二  前提となる事実

1  本件特別控除の概要

法は、収用交換等による資産の譲渡に伴う譲渡所得につき、左記の要件のもとで五〇〇〇万円を限度とする所得税の特別控除を認めている(法三三条の4)。なお、右限度額は、平成三年当時、三〇〇〇万円とされていた。

(一) 代替資産等を取得した場合に適用される課税特例を受けていないこと(法三三条の4第一項)

(二) 公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日から六月以内に資産の譲渡を行ったこと(同条第三項一号)

(三) 一の収用交換等に係わる事業(以下「公共事業」という。)について資産の収用交換等による譲渡が二以上の年にわたって行われた場合には、これらの資産のうち、最初の年に行われた資産の譲渡であること(同項二号)

なお、ここでいう「一の公共事業」とは、原則として都市計画法その他の公共事業の根拠法令における一つの事業認定に基づく公共事業であることをいうが、例外的に次の(1)から(3)までの場合で、同一の事業認定に基づく公共事業について同一人に対し複数の買取り等の申出がなされたことについて合理的と認められる事情がある場合には、それぞれ別個の事業として買取り等の申出があったものとして取り扱われる(法通達三三の4―4本文)。

(1) 事業の施行地について計画変更があり、当該変更に伴い拡張された部分の地域について事業を施行する場合(法通達三三の4―4(1))。

(2) 事業施行のため営業所、事務所その他の事業場が二以上あり、当該事業場ごとに地域を区分して事業を施行する場合(法通達三三の4―4(2))。

(3) 事業が一期工事、二期工事等と地域を区分して計画されており、当該計画に従って当該地域ごとに時期を異にして事業を施行する場合(法通達三三の4―4(3))。

(四) 公共事業施行者から最初に買取り等の申出を受けた者(その申出を受けた者が死亡したため、その者からその資産を取得した者を含む。)が収用交換等の対象となる資産を譲渡したこと(法三三条の4第三項三号)。

2  大阪府知事は、守口都市計画道路事業として左記のとおり二等大路第一類第一号馬場大枝公園線の建設(以下「本件公共事業」という。)を認可し、昭和四五年九月一四日、その旨告示した(大阪府告示第一三七八号)。なお、守口市は、本件公共事業にかかる事業地の買収については、まず守口市土地開発公社(以下「本件土地開発公社」という。)が買収を行い、その買収した事業地を守口市が購入することとした(乙一、弁論の全趣旨)。

(一) 施行者 守口市

(二) 事業施行期間 昭和四五年九月一四日から昭和五〇年三月三一日まで

(三) 事業地 守口市高瀬町一丁目及び大門町

3  大阪府知事は、守口都市計画道路二等大路第一類第一号馬場大枝公園線の都市計画について左記の変更を行い、昭和四七年八月七日その旨告示した(大阪府告示第一〇五五号、乙二)。

(一) 計画道路名 三・四・九馬場菊水線

(二) 変更した土地の区域 守口市馬場町一丁目、馬場町二丁目、大門町、高瀬町一丁目、大枝西町、松下町、東光町一丁目、東光町二丁目、東光町三丁目、西郷通二丁目、大宮通二丁目、菊水通二丁目及び大枝南町

4  大阪府知事は、本件公共事業の事業計画について左記の変更を認可し、昭和五〇年三月二八日、その旨告示した(大阪府告示第五一六号、乙三)。

(一) 事業施行期間

昭和四五年九月一四日から昭和五二年三月三一日まで

(二) 事業地(三、四、九号馬場菊水線)

守口市高瀬町一丁目、大枝西町、馬場町一丁目、馬場町二丁目及び大門町

5  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から昭和五五年三月三一日までと変更することを認可し、昭和五二年三月三〇日、その旨告示した(大阪府告示第四三七号、乙四)。

6  守口市は、昭和五三年三月下旬ころ、本件公共事業にかかる事業地の借地人、借家人及び土地所有者等に対する一般的な説明会を守口第三中学校で行った。このとき、原告の父藤川裕臣(以下「裕臣」という。)が出席し、守口市の担当者から、借地人、借家人に対する補償及び課税上の優遇措置等について説明を受け、その説明内容を原告に伝えた。なお、守口市の担当者は、課税上の優遇措置についてはその概略を述べたにとどまり、詳細は所轄の税務署に問い合わせるようにとのことであった(原告本人)。

7  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から昭和五八年三月三一日までと変更することを認可し、昭和五五年三月二八日、その旨告示した(大阪府告示第四七七号、乙五)。

8  原告は、昭和五七年一二月一四日、原告の祖父藤川栄三が死亡したことに伴い、同人が当時所有していた本件各土地を相続により取得した。なお、本件土地一については、藤川栄三の有していた三分の一の共有持分を取得したにとどまった(甲一の1から6まで、原告本人)。

9  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から昭和六〇年三月三一日までと変更することを認可し、昭和五八年三月三〇日、その旨告示した(大阪府告示第四六五号、乙六)

10  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から昭和六三年三月三一日までと変更することを認可し、昭和六〇年三月二九日、その旨告示した(大阪府告示第四一七号、乙七)。

11(一)  本件土地開発公社は、昭和六二年一一月下旬ころ、裕臣に対し、本件土地一について、借地人ないし借家人等との補償交渉がまとまったので、買収交渉を始めたい旨の申入れをし、昭和六三年一月下旬ころから、原告と本件土地開発公社との間で、本件土地一の原告の共有持分について買収交渉が始まった(原告本人)。

(二)  原告は、昭和六三年二月二二日、本件土地開発公社に対し、本件公共事業の事業地として、本件土地一の共有持分を代金二五六万三二三〇円で売却した(以下「本件第一買収」という。争いがない。)。

(三)  本件土地開発公社は、本件第一買収の当時、本件土地二から六までの各土地については、借地人ないし借家人等との補償交渉がまとまっていなかったため、本件土地一と同時に買収交渉を行うことができなかった(原告本人)。

(四)  原告は、昭和六三年度の確定申告に際し、本件第一買収による譲渡所得二四一万六六九円につき本件特別控除の適用を申請し、その適用を受けた(争いがない。)。

12  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から昭和六六年(平成三年)三月三一日までと変更することを認可し、昭和六三年三月三〇日、その旨告示した(大阪府告示第四四〇号、乙八)。

13(一)  本件土地開発公社は、平成二年一一月五日ころ、原告に対し、本件土地二及び三について借地人ないし借家人等との補償交渉がまとまったので、買収交渉を始めたいとの申入れを行い、そのころから、原告と本件土地開発公社との間で、本件土地二及び三の買収交渉が始まった(原告本人)。

(二)  原告は、平成二年一二月二五日、本件土地開発公社に対し、本件公共事業の事業地として、本件土地二及び三を代金四二一〇万〇六八〇円売却した(以下「本件第二買収」という。争いがない。)。

(三)  本件土地開発公社は、本件第二買収の当時、本件土地四から六までの各土地については、借地人との補償交渉がまとまっていなかったため、本件土地二及び三と同時に買収交渉を行うことができなかった(原告本人)。

(四)  原告は、平成三年度の確定申告に際し、本件第二買収による譲渡所得につき、本件特別控除の適用を申請しようとしたが、門真税務署の担当者から、複数年にわたって複数の資産が買収された場合、最初の年度の譲渡所得についてしか本件特別控除の適用はないとの指導を受けたため、その適用を申請しなかった。

なお、原告は、平成三年度の所得税九四二万六三〇〇円の納付につき、左記のとおり、予定納税(所得税法一〇四条)を行った。

(甲四の2、原告本人)

(1) 第一期分

納付日 平成三年 七月三一日

納付額 一九七万五九〇〇円

(2) 第二期分

納付日 同年一二月二日

納付額 一九七万五九〇〇円

(3) 第三期分

納付日 平成四年 四月一六日

納付額 五四七万四五〇〇円

14  大阪府知事は、本件公共事業の事業施行期間を昭和四五年九月一四日から平成六年三月三一日までと変更することを認可し、平成三年三月二九日、その旨告示した(大阪府告示第三八九号、乙九)。

15(一)  本件土地開発公社は、平成五年一月三一日ころ、原告に対し、本件土地四から六までについて、借地人との補償交渉がまとまったので、買収交渉を始めたいとの申し入れを行い、そのころから、原告と本件土地開発公社との間で、本件土地四から六までの買収交渉が始まった(原告本人)。

(二)  原告は、平成五年二月二四日、本件土地開発公社に対し、本件公共事業の事業地として、本件土地四から六までを代金二四〇五万七一六〇円で売却した(以下「本件第三買収」という。)(争いがない。)。

(三)  原告は、平成五年度の確定申告に際し、前期13(四)の門真税務署担当者の指導に従い、本件第三買収による譲渡所得につき本件特別控除の適用を申請しなかった。

なお、原告は、平成五年度の所得税一〇四八万〇四〇〇円の納付につき、左記のとおり、予定納税(所得税法一〇四条)を行った。

(甲四の3、原告本人)

(1) 第一期分

納付日 平成五年八月二日

納付額 一四三万七九〇〇円

(2) 第二期分

納付日 同年一一月三〇日

納付額 一四三万七九〇〇円

(3) 第三期分

納付日 平成六年四月一八日

納付額 七六〇万四六〇〇円

第三主要な争点

一  法三三条の4第三項二号の「一の公共事業」の解釈

1  本件各買収は、それぞれ別個の公共事業によるものといえるか。

2  本件第一買収及び本件第三買収は、別個の公共事業によるものといえるか。

二  法三三条の4第三項二号の合憲性

1  法三三条の4第三項二号は違憲であるといえるか。

2  法三三条の4第三項二号は、一部違憲であるといえるか。

三  誤納金返還請求権の消滅時効は完成しているといえるか。

第四当事者の主張

一  法三三条の4第三項二号の「一の公共事業」の解釈

1  本件各買収は、それぞれ別個の公共事業によるものといえるか。

(原告の主張)

(一) 都市計画道路事業の事業計画における事業施行期間は、事業施行期間が経過すると都市計画事業たる地位を失い、たとえ当該事業が未完了であっても、都市計画事業制限、先買い制限及び収用権などに関する規定は適用を受けない。

したがって、事業施行期間の終期は、このような法の諸規定の適用期限を画するものであって当該都市計画事業の一つの基礎となっている重要な要素であるから、かかる期間の延長がなされた場合には、一期工事、二期工事等地域を区分して計画された場合と同視すべきであって、法通達三三の4―4の例挙事由は例示列挙であると解さなければならない。

(二) 本件第一買収は昭和六〇年三月二九日の大阪府告示第四一七号による事業施行期間の延長後になされたものであり、本件第二買収は昭和六三年三月三〇日の大阪府告示第四四〇号による事業施行期間の延長後になされたものであり、本件第三買収は平成三年三月二九日の大阪府告示三八九号による事業施行期間の延長後になされたものであるから、本件各買収をそれぞれ別個の公共事業による買収であると扱い、本件第二買収及び本件第三買収の譲渡所得について本件特別控除の適用を認めるべきである。

(三) よって、原告は、被告に対し、平成三年分の誤納付金五八四万四七五〇円及び平成五年分の誤納付金三二七万三六〇〇円の返還を求める。

(被告の主張)

(一) 法通達三三の4―4は、「一の公共事業が次に掲げる場合に該当することとなった場合において、その事業の施行につき合理的と認められる事情があるとき」と規定し、右「次に掲げる場合」として(1)から(3)までを規定しているのであり、これらが限定列挙であることは文理上明らかである。

(二) 本件公共事業は、いずれも都市計画法六〇条一項二号所定の都市計画事業の種類としては、「守口市計画道路事業(三、四、九号馬場菊水線)」であり、一の公共事業に該当するところ、本件各土地は、本件公共事業において、同一地区として取り扱われている。

また、本件各買収は、それぞれ原告主張の各大阪府告示によって告示された事業計画の変更後の本件公共事業の施行として行われたものであるが、右各変更の内容は、いずれも施行期間の延長である。

(三)(1) 本件公共事業において、その事業地の変更に際し、当該事業地を本件各土地の一部に拡張するような事業計画の変更は行われていないので、本件各買収の場合は、法通達三三の4―4(1)「事業の施行地について計画変更があり、当該変更に伴い拡張された部分の地域について事業を施行する場合」に該当しない。

(2) 本件各土地は、都市計画においても、また、事業の認可においても、同一地域として取り扱われているから、地域を合理的に区分して行う事業の施行に限られる通達三三の4―4(2)「事業を施行する営業所、事務所その他の事業場が2以上あり、当該事業場ごとに地域を区分して事業を施行する場合」及び同(3)「事業が一期工事、二期工事等と地域を区分して計画されており、当該計画に従って当該地域ごとに時期を異にして事業を施行する場合」に該当しない。

(3) したがって、本件公共事業における本件各買収は、法通達三三の4―4の列挙事由に該当しない。

2  本件第一買収及び本件第三買収は、別個の公共事業によるものといえるか。

(原告の主張)

(一) 仮に、本件各買収が、それぞれ別個の公共事業による買収であるといえなかったとしても、少なくとも、本件第一買収と本件第三買収との間には、五年が経過しており、その間計画変更認可告示が二回もされているのであるから、本件第一買収と本件第三買収は、それぞれ別個の公共事業による買収であると評価すべきである。

したがって、少なくとも、本件第一買収と本件第三買収を一の公共事業による買収として取り扱うべきではなく、法通達三三の4―4(1)から(3)までの列挙を例示列挙であると解し、本件第一買収と本件第三買収は、それぞれ別個の公共事業による買収であると扱い、本件第三買収の譲渡所得について本件特別控除の適用を認めるべきである。

(二) よって、原告は、被告に対し、平成五年分の誤納付金三二七万三六〇〇円の返還を求める。

(被告の主張)

法三三条の4第三項二号は、「第一項に規定する資産の収用交換等による譲渡が二以上あった場合において、これらの譲渡が二以上の年にわたってされたとき」と規定するのみであって、二以上の各譲渡の間の期間について特段の制限を設けていないから、右原告の主張は、明らかに文理解釈に反するものである。

したがって、本件第一買収と本件第三買収との間に五年の期間の差があるから、本件第三買収について、本件特別控除を適用すべきであるとの原告の主張は失当である。

二  法三三条の4第三項二号の違憲性

1  同条項が全部違憲であるといえるか(主位的請求)

(原告の主張)

(一) 憲法は、一四条一項で、国民に等しく平等に取り扱われる権利を保障するとともに、八四条で、課税要件は全て合理的な内容の法律によって定めなければならない旨規定しており、両者相まって租税負担公平の原則を保障している。

(二)(1) 法三三条の4第三項二号によれば、公共事業の区域の広さを問わず、同一の公共事業について、複数年度にわたって買収が行われた場合には、たとえ第一回目の買収とその後の買収との間の期間がどんなに長くても第二回目以降の買収は、本件特別控除の対象とならないのに対し、複数年度にわたって複数の公共事業に係る収用等によって買収された場合には、接近した期間であっても、それぞれの譲渡所得について本件特別控除を受けることができることとなる。しかし、一の公共事業のための買収であっても、複数の公共事業のための買収であっても、公共目的を有する買収であるという点では何ら異ならないのであるから、かかる不均衡は、本件特別控除の適用において甚だしい差別的取扱いを認めるものであって、著しく不合理である。

(2) 被買収者自身が買収を拒否したためではなく、公共事業施行者の予算上の制約や被買収者以外の賃借人等に対する交渉との関係で買収が複数年にわたった場合のように、施行者側の財源事情及び交渉能力事情に起因して買収が複数年にわたった場合にまで本件特別控除の適用がないというのでは、正義・公平・平等の理念に反し著しく不合理である。

そして、本件においては、本件土地開発公社の予算上の制約や被買収者以外の賃借人等に対する交渉のために本件各買収が複数年度にわたったのである。

(三) したがって、本件特別控除の適用を制限した法三三条の4第三項二号は、租税負担公平の原則(憲法一四条、八四条)に反し、違憲無効である。

(被告の主張)

(一) 憲法は、三〇条及び八四条で租税法律主義を定め、租税に関する事項は法律に基づいて定めるものとして、課税要件の設立を立法府の裁量にゆだねているから、租税法規が著しく不合理であることが明白な場合でなければ、違憲の問題を生じることはない。

(二)(1) 法第三三条の4第三項二号は、資産を分割し、又は数個の資産を別々に譲渡することにより何回も本件特別控除の適用を受けることができるとすることによって、公共事業の施行がかえって遅延することを避けるために定められたものであるところ、これをとらえて著しく不合理であることが明白であるということはできない。

(2) 本件各買収は、いずれも任意買収であり、強制収用権を背景としている(都市計画法六九条で都市計画事業についても土地収用法による強制収用が認められている。)が、土地収用法による強制収用とは異なり、あくまでも当事者の自由意志に基づき買収交渉を行い、当事者間の合意により売買契約を締結することによって行われたものである。それゆえ、買収対象地における賃借人の立退交渉の難易によって買収が複数年度にわたったとしても、それは、被買収者側の事情というべきであって公共事業施行者の都合によるものではない。

また、本件各買収は、本件土地開発公社によってなされているところ、かかる土地開発公社による買収は、地方公共団体等の予算上の制約を受けることなく土地を先行取得し、予算に余裕が生じた時点で地方公共団体に移転するものとされており、守口市の財政事情の影響を受けることはない。

以上のとおり、本件各買収は、被買収者側の事情によって複数年度にわたったものであり、公共事業施行者の都合によるものではないから、本件について法三三条の4第三項二号を適用することが違憲であると解すべき理由はない。

(三) したがって、法三三条の4第三項二号は、租税負担公平の原則(憲法一四条、八四条)に反しない。

2  同条項が一部違憲であるといえるか(予備的請求)

(原告の主張)

公共事業に係る事業地の買収が、公共事業施行者の都合により複数年度においてなされた場合にまで、法三三条の4第三項二号の適用が許されるとすれば、初年度に五〇〇〇万円以上の買収を受けたか、あるいは、初年度の買収が少額の買収に止まったかによってその税務処理が異なることとなってしまい、著しく不合理である。

したがって、租税負担公平の原則に照らせば、公共事業施行者の責に帰すべき事由によって買収が複数年度にわたった場合には、五〇〇〇万円まで通算して複数年度にわたって本件特別控除の適用を認めるべきであって、一律に初年度の買収についてのみ本件特別控除の適用を認める法三三条の4第三項二号は、その限度で違憲である。

(被告の主張)

仮に、五〇〇〇万円の枠内において、複数年度にわたり通算して本件特別控除の適用を受けられることができるとした場合には、早期に資産の譲渡を図り、もって公共事業の円滑な施行を期するという法三三条の4第三項二号の目的を達成することができなくなる。

また、前記1(全部違憲の有無)で主張したとおり、本件各買収が複数年度にわたったのは、買収対象地における賃借人の立退交渉の難易により生じたものであって、守口市の予算上の制約によるものではないから、公共事業施行者の都合によるものであるということはできない。

したがって、本件特別控除の適用を受ける機会を、一の公共事業につき最初に譲渡があった年の一回に一律制限する法三三条の4第三項二号を著しく不合理であることが明白であるとはいえない。

三  誤納金返還請求権の消滅時効は完成しているといえるか。

(被告の主張)

原告は、納付した平成三年分の所得税額のうち譲渡所得に対する税額が国税通則法五六条一項に規定する過誤納金に該当するとして、その還付を請求しているが、仮に右税額が国税通則法にいう過誤納金に当たるとすれば、その返還請求権は、国税通則法七四条一項の規定により納付の日より五年間行使しないことによって、時効により消滅する。

したがって、原告の平成三年分の所得税については、第三期分の納付日が平成四年四月一六日であるから、仮に譲渡所得に対する税額が過誤納金に当たるとしても、納付の日から五年を経過した日をもって還付請求権が時効により消滅したことになる。なお、還付金等にかかる被告に対する請求権の消滅時効は、援用を要することなく絶対的な効力を生じるとされているのであるから、この点で民法上の損害賠償請求権に関する消滅時効の援用の可否に関する議論は妥当しない。

(原告の主張)

本件過誤納金が生じた原因は、税務署職員が特別控除制度の適用の対象とならない旨指導したことによるものであるが、これは単に一職員の考えではなく、被告の組織的一体的な確固たる見解に基づくものである。したがって、またその指導に応じなければ、更正決定され、過少申告加算税を徴収される事態を招来することとなる。また、被告の組織的一体的な見解については、市民はこれを信じその見解を正しいと考えるのが通常であり、かつ、本件のような難解な問題にあっては、弁護士など専門家と相談するなどしなければ、過誤納金としての請求権を有することなど容易に知りうるものではない。

したがって、本件提訴が遅れたことは権利の上に眠っていたものということができず、かかる場合にまで被告が消滅時効を援用し、過誤納金の返還を拒絶することは著しく正義に反するものであり、権利の濫用として許されるべきものではない。

第五争点に対する判断

一  争点一(法三三条の4第三項二号の「一の公共事業」の解釈)について

1  法三三条の4第三項二号における「一の公共事業」とは、文理上、都市計画法その他の公共事業の根拠法令における一つの事業認定に基づく公共事業を指すというべきであるが、そもそも、法三三条の4第三項二号は、被買収者が、同一年度内にその所有する資産を譲渡できるにもかかわらず、その所有する資産を分割したり、数個の資産を別々に譲渡したりすることにより、何回も本件特別控除の適用を受けることができることになるという不公平な結果を防止する目的で設けられた規定である。そうであるとすれば、一つの事業認定に基づく公共事業であっても、事業地が広大であったり、途中で変更されたりするなどして、当該事業地の買収に際し、被買収者が所有する複数の土地を同一年度内に買収することがおよそ不可能であると認められる場合には、「一の公共事業」に当たらないと解すべきである。しかし、適正かつ円滑な徴税実務の運用という観点から、課税要件に関する定めはその内容が明確である必要があり、かかる観点から、法三三条の4第三項二号の運用においては、法通達三三の4―4により、法三三条の4第三項二号における「一の公共事業」を前提となる事実1(三)のとおり解釈している。

2  そうであるとすれば、本件公共事業のように、その中途において事業期間を延長するために事業計画の変更があったとしても、かかる事業期間の延長は、その事業内容等について実質的な変更を加えたものではないから、これをもって当該事業地の買収に際し、被買収者が事業地内に所有する複数の土地を同一年度内に買収することがおよそ不可能であるということはできない。それゆえ、本件各買収を別個の公共事業による買収であると解する余地はないというべきである。なお、この理は、本件第一買収と本件第三買収との間に五年が経過していることによっても何ら変わりはない。

3  したがって、前提となる事実によれば、本件各買収は、一つの事業認定に基づく公共事業であることが明白であり、かつ「一の公共事業」に当たらないと解すべき特段の事情を認めることはできない以上、本件において、通達三三の4―4列挙事由を例示列挙と解し、本件各買収又は本件第一買収と本件第三買収とをそれぞれ別個の公共事業による買収であるとしなかったことをもって違法であると解することはできない。

二  争点二(法三三条の4第三項二号の違憲性)について

1  租税優遇措置の内容をいかに定めるかについて、立法府は広範な裁量権を有するから、当該優遇措置によって実現しようとする政策目的が正当なものであり、かつ、当該優遇措置において具体的に採用された区別の態様がその政策目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法一四条一項に違反するものではないというべきである。

2  本件特別控除は、公共事業における事業地の収用が、収用時の価格ではなく、事業認定時の価格によることとされたため、公共事業の施行による開発利益を享受し得なくなった被買収者に対し、税法上の優遇措置を与えることによって、当該事業地の近隣地域の地権者など当該公共事業により開発利益を享受する者との間に生じる不均衡を是正し、もって円滑かつ迅速な事業地の買収を実現するために設けられた制度であり、法三三条の4第三項二号は、被買収者が、その所有する資産を分割し、又は数個の資産を別々に譲渡することにより何回も本件特別控除の適用を受け、資産を一括して譲渡した者との間に不公平な結果を生じることを防止することによって、同じく円滑かつ迅速な事業地の買収を実現する目的を有するものと考えられるところ、かかる政策目的は正当なものであるといえる。

3  法三三条の4第三項二号は、複数年度にわたって資産の譲渡等が行われた場合に、次年度以降の資産の譲渡等について本件特別控除を適用するかどうかを、「一の公共事業」であるかどうかというだけで区別している。

そこで、この区別態様の合理性について検討する。

(一) 争点一(法三三条の4第三項二号「一の公共事業」の解釈)において判示したとおり、ここにいう「一の公共事業」とは、都市計画法その他の公共事業の根拠法令における一つの事業認定に基づく公共事業であって、原則として当該事業地の買収に際し、被買収者が事業地内に所有する複数の土地を同一年度内に買収することが可能な公共事業をいうから、このような区別を設けて本件特別控除の適用を制限することは、右政策目的の実現に資することとなる。

(二) また、法三三条の4第三項二号は、買収が複数年度にわたって行われた理由如何にかかわらず、一律に次年度以降に行われた二回目以降の買収について本件特別控除の適用を認めないため、被買収者の都合によらずしてその買収が遅れた場合にまで本件特別控除の適用を否定したり、またその反面、別個の公共事業のための買収であれば、同時に買収することが可能であったか否かを考慮することなく、一律に複数年度にわたって本件特別控除の適用を認めたりすることとなり、本件特別控除の目的とする円滑かつ迅速な公共事業の施行を害する恐れがある。

しかし、法三三条の4第三項二号における「一の公共事業」に該当する場合、公共事業施行者が、事業地内に複数の土地を所有する被買収者に対し、同一年度内に買取り等の申出を行うことは可能であり、公共事業施行者が、し意的に複数年度にわたって買取り等の申出をするなどの事態が生じることは通常考えられないし、また、複数の公共事業について、それぞれ別個の土地を売却した場合には、複数の公共事業につき、それぞれその円滑かつ迅速な施行に協力しているのであるから本件特別控除の適用を認めても何ら不合理ではない。確かに、公共事業施行者が、賃借人等に対する補償交渉を終えた後に、所有者に対して買取り等の申出をしたために、賃借人等のない他の資産と同一年度内に資産の譲渡等をすることができない場合であっても本件特別控除の適用が受けられない場合等を想定することができるが、かかる事例において、本件特別控除の適用を否定することにより、どの程度公共事業の円滑かつ迅速な施行という政策的利益が失われることになるかについては、一義的に判断することはできず、また、かかる場合にまで配慮して細目的に本件特別控除の適用要件を定めなければならないこととなれば、かえって、立法技術上、租税法律主義から要請される課税要件の明確性の要請に反することとなるおそれがある。

(三) 以上の検討したところによれば、法三三条の4第三項二号が、複数年度にわたって事業地の買収が行われた場合に、「一の公共事業」による買収であったか否かということで本件特別控除の適用を制限したとしても、右制限が、被買収者により、その所有する資産を分割し、又は数個の資産を別々に譲渡することを許すことにより何回も本件特別控除の適用を受けるという不合理を防止するという法三三条の4第三項二号の目的達成に資するものであり、右のように事業地の買収が、被買収者の都合によらずして複数年度にわたった場合に本件特別控除の適用を制限されたとしても、円滑かつ迅速な公共事業の施行という政策的利益がどの程度失われることとなるのかも明白ではないことなどに照らせば、かかる本件特別控除の適用制限による不利益は、立法政策の当否の問題というべきであり、右が著しく不合理であることが明白な場合とはいえないから、違憲の問題は生じないというべきである。

三  したがって、原告が、平成三年度及び同五年度の所得税の確定申告において、明白かつ重大な錯誤により本件特別控除の適用を申請しなかったということはできない。

第六結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 竹中邦夫 裁判官 森實将人 裁判官 武智克典)

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